久保造園

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水琴窟について

水琴窟(すいきんくつ)とは、日本庭園の茶室入口の蹲踞(つくばい)や、書院縁先手水鉢の鉢前水門に造られた日本独自の庭園施設です。
名前の由来は定かではありませんが、鉢前水門の下に底に小さな穴を開けた甕を伏せて埋めるという構造と、手を洗った水が穴から水滴となって甕底に溜まった水面に落ち、甕中で反響するその音色が琴に似ていることから、江戸時代の粋人達や庭師から「水琴窟」と呼称されたようです。

江戸時代の起源とされる用と景を兼ね備えた造園技法

水琴窟のルーツは、一説によると江戸初の武家、茶人で優れた造園家でもあった小堀遠州(1579〜1647)の創案による蹲踞の排水施設「洞水門」(どうすいもん)にあるといわれている。
洞水門の水音に関して、遠州茶道宗家第十二世の小堀宗慶氏は「遠州は客人への思いやりから 蹲踞の下の水はけを良くするため洞水門を考案したので、音を出すことを意図したかどうかは 今では定かではない」と言及している。(※1)
いずれにせよ水琴窟は、本音を楽しむ遊び心を持った庭園施設であると同時に実用的な排水施設でもある。 いわゆる「用と景」を併せ持つものとして、明治·大正から昭和初期まで全国各地で盛んに作られた。 しかし時代の変動とともに作り手も少なくなり、いつしか幻の存在となっていく。 その理由のひとつとして戦後の生活環境の変化が考えられる。私たちの周囲から自然や静寂な環境が 失われていくとともに、庭先で水音を楽しむ風情も忘れられていったのではないだろうか。
そして1980年代、水琴窟は新聞やテレビ、ラジオなどで紹介され、少しずつ世間の 関心を集めるようになる。とくに近年では「エコロジー」「癒し」「スローライフ」などといった言葉が注目され、 「本当の豊かさとは何か」に人々の意識が向き始めていることも後押ししているだろう。
今日、再び全国各地で作られるようになった水琴窟。昔から人の聴覚を優しく刺激してきた水滴の音が、 日本人の感性と結びつきながら、世界にも類を見ない「音の風景」としての広がりを見せています。
(※1:1991年 日本リゾートセンター刊『幻の音風景 水琴窟』より)

水琴窟の作り方

水琴窟の作り方には、現在では設置場所の条件や排水方法、メンテナンスなどを考慮してさまざまな方法がある。 伝統的な自然排水の蹲踞型水琴窟の場合、まず甕を埋める穴を掘り、栗石(ぐりいし)と山土を敷き詰めて排水層を作る。 この上に直接甕を入れるため、山土の上面は水平に突き固める。排水設備を設ける水琴窟の場合はコンクリートなどで固めるが、 自然排水の場合は水琴窟の音を左右する重要な工程であり、造園家の腕の振るいどころとなる。
次に底に小さな穴を開けた甕を逆さにして設置する。甕が傾いていると水が一方向に流れて音が単調になってしまうため、 水平を保つように注意が必要となる。 甕の周囲を砕石で丹念に埋め尽くし、その上に玉砂利などを敷き詰めて水門の体裁を整える。 最後に蹲踞石や手水鉢、筧(かけひ)など蹲踞周りを仕上げて完成となる。
音の良い水琴窟を作るためには、音を響かせる器となる甕の存在が重要である。 大きな甕は低くて大きな音となり、小さな甕は高く小さな音となる。 素焼きの甕は温もりのあるまろやかな音を発し、釉薬(ゆうやく)のかかった甕は高く澄んだ硬質な音が特徴である。 甕の数もひとつとは限らず、中には五つの甕を使用した水琴窟もある。 また甕の穴の裏側に特殊な加工をほどこして水滴の動きに変化を持たせ、より複雑で玄妙な音作りにこだわる人もいる。
久保造園では、直径約50センチ、高さ50〜60センチの甕に直径3センチ程の穴を開けた甕をよく用いる。 その理由は、程よく音が響き、大きさの点でも周りの環境とのバランスが取りやすいからである。
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